― 相談できない立場で、一人で考え続けてきた内省と支え ―
事業承継でストレスを感じている方へ。
家族経営の中で、
「なぜこんなにしんどいのか」と感じることはないでしょうか。
事業承継をすると、
会社だけでなく、先代が長年築いてきた取引先との関係も引き継ぐことになります。
後継者として挨拶をして、自分なりに誠実に対応している。
それでも取引先から、
「先代の頃はこうだった」
「昔はもっと融通を利かせてもらえた」
「先代なら分かってくれたんだけどね」
そんな言葉をかけられることがあります。
悪意があるとは限りません。
取引先にとっても、
長年付き合ってきた先代との関係が一つの「基準」になっているのでしょう。
しかし二代目の立場からすると、これが意外に重い。
先代を否定したいわけではない。
取引先との関係も壊したくない。
けれど、先代とまったく同じ人間になることもできない。
では、先代との付き合いを求める取引先に、
二代目はどう向き合えばいいのでしょうか。
私自身の事業承継経験も振り返りながら考えてみます。
先代の関係を「再現する」のではなく、自分の代の関係へ少しずつ引き継いでいく
結論から言えば、
二代目が目指すべきなのは、
先代と取引先との関係をそのまま再現することではないと私は考えています。
もちろん、先代が長年かけて築いた信用や取引関係は大切です。
それを尊重せず、
「もう自分の代なのだから、全部変える」
という姿勢では、既存顧客を不安にさせるかもしれません。
一方で、
「先代と同じようにしなければ」
と考え続けることにも無理があります。
人柄も違う。
営業方法も違う。
判断基準も違う。
時代も違えば、会社を取り巻く経営環境も変わっています。
だから事業承継における取引先との関係は、
先代の関係を壊さず受け継ぎながら、
自分と取引先との新しい関係へ少しずつ移していく。
このくらいの考え方が現実的なのではないでしょうか。
事業承継では「顧客」だけでなく「関係性」まで引き継ぐ
会社を継ぐ前は、事業承継というと、
売上、商品、仕入先、顧客、設備、ノウハウ
などを引き継ぐイメージが強いかもしれません。
しかし実際には、それだけではありません。
既存顧客との間に積み重なってきた
目に見えない関係性も引き継ぐことになります。
たとえば、
「急ぎなら多少無理を聞いてくれる」
「細かく説明しなくても分かってくれる」
「困ったときはお互い様」
「多少条件が悪くても昔からの付き合いだから」
といったものです。
契約書には書かれていなくても、
長年の取引の中で自然に出来上がった「暗黙の了解」がある。
そして二代目は、
その存在を十分に知らないまま引き継ぐことがあります。
ここに、事業承継と既存顧客の関係の難しさがあります。
先代と取引先の間では当たり前だったことが、
後継者にとっては当たり前ではない。
逆に後継者が当然だと思っていることが、
取引先には「以前と変わった」と映る。
単に担当者が変わっただけではなく、
長年積み上げてきた関係のルールそのものが揺れるわけです。
まだ営業経験も浅い日のこと、
お客様を訪問する度にどうにも釈然としない思いで帰路についていた時期がありました。
自分が未熟なせいかと色々考えてはみたが、やはり腑に落ちない。
なのである時何気なく聞いてみたところ、
『昔からこうだから』
の一言でした
『…これ、ずっと続くのかな…』
その時は少し先々が不安に思ったものでした。
取引先が求めているのは、本当に「先代と同じ人」なのか
「先代の頃は……」
と言われると、二代目はつい、
「自分も先代と同じようにしなければいけない」
と受け取りがちです。
しかし、ここは少し分けて考えた方がいいと思います。
取引先が本当に求めているものは、
「先代そのもの」
なのでしょうか。
もしかすると、
「以前と同じ安心感」
なのかもしれません。
納期を守ってくれる。
困ったときに相談できる。
話をきちんと聞いてくれる。
急に条件を変えない。
自社の事情を理解してくれている。
つまり、先代の人格を再現してほしいのではなく、
先代との取引によって得られていた安心や信頼を失いたくない可能性があります。
そう考えると、二代目がするべきことも変わります。
先代の話し方を真似する必要はありません。
先代と同じ営業スタイルにする必要もありません。
「取引先が先代との関係の何を評価していたのか」を考える。
その価値を理解した上で、自分なりの方法で提供する。
こちらの方が、長期的には自然な事業承継ではないでしょうか。
「先代ならやってくれた」という言葉が重く感じる理由
ただし、現実にはきれいな話だけではありません。
「先代ならやってくれた」という言葉が、
納期、価格、サービス、支払い条件
などの要求と一緒に出てくることもあります。
二代目にとって、この言葉は非常に断りにくい。
なぜなら、
「できません」
と答えることが、
「先代が築いた関係を自分が壊した」
ことのように感じられるからです。
さらに、
「自分の代になってサービスが悪くなったと思われたくない」
「二代目だから融通が利かないと言われたくない」
「これで取引が減ったら自分の責任になる」
と考えてしまう。
こうなると、通常の取引条件の判断に、後継者としての評価まで乗ってきます。
その結果、本来なら、
「この条件で採算は合うのか」
「今の会社で対応できるのか」
と判断すべきところを、
「断ったら自分はどう評価されるだろう」
という問題として考えてしまう。
これが二代目経営者のストレスを大きくする一因だと思います。
先代を尊重することと、先代の判断をすべて踏襲することは違う
ここは私自身も大切にしたいと思っている部分です。
先代への敬意と、先代の判断をそのまま続けることは別です。
先代がその条件を受け入れていたのには、
当時なりの理由があったはずです。
取引量が違ったのかもしれない。
利益率が違ったのかもしれない。
仕入価格が違ったのかもしれない。
あるいは長い付き合いの中で、別の部分で助けてもらっていたのかもしれません。
その背景を知らず、
「昔やっていたから今もやる」
と結論だけを継承してしまうと、
かえって先代がなぜそう判断していたのかを見失います。
だから私は、
「先代はどうしてそうしていたのだろう」
まで考えることが大切だと思います。
その理由が現在も有効なら続ける。
条件が変わっているなら見直す。
これは先代を否定することではありません。
むしろ、先代の判断の背景まで理解したうえで現在に合わせることも、
事業承継の一部なのではないでしょうか。
前述の『以前私が感じていた、釈然としなかった思い』も、
経験を重ねた今だからこそ、当時は不快だったことも何か意味のあるものだったのでは、
と考える余裕が出てきた様に思います。
後継者と取引先の関係には時間が必要
事業承継直後から、
「後継者として認めてもらわなければ」
と焦る必要もないと思います。
そもそも先代と取引先の信頼関係は、
一日でできたものではありません。
何年、何十年という取引の中で、
約束を守った。
問題が起きたとき対応した。
困ったとき相談に乗った。
商売を続けてきた。
そうした小さな積み重ねによって作られたものです。
それなのに二代目だけ、
「後継者になったのだから、すぐ同じだけ信用されなければならない」
と考えるのは、少し無理があります。
先代には先代の信用の蓄積がある。
二代目には、まだこれから積み上げる時間がある。
信用まで一瞬で相続できるわけではない。
私はこのくらいに考えておいた方が、
事業承継者自身を追い込みすぎずに済むと思います。
「先代の息子・娘」から「この人との取引」へ変わるまで
事業承継の初期には、
「あの会社の後継者」
「○○さんの息子・娘」
という見られ方をすることがあります。
これはある意味、仕方のないことです。
取引先からすれば、まだ自分との付き合いが浅いからです。
しかし取引を続けていけば、
「あの人なら返事が早い」
「この分野なら相談できる」
「無理なことは無理と言うけれど、代わりの案を考えてくれる」
といった、自分自身に対する評価が少しずつ作られていきます。
ここからが、本当の意味での自分と取引先との関係なのだと思います。
だから、先代を超える必要も、先代になる必要もありません。
自分なりの信用を積み重ねていけばいい。
先代のやり方を変えるときは「否定」ではなく「説明」にする
既存顧客との関係で特に気をつけたいのが、変更するときです。
価格。
納期。
注文方法。
サービス範囲。
対応方法。
二代目になって見直したいものが出てくることがあります。
ここで、
「昔のやり方がおかしかったので変えます」
という伝え方をすれば、
取引先には先代との関係まで否定されたように感じられる可能性があります。
そうではなく、
「これまではこの形で対応してきましたが、現在の状況では継続が難しくなっています」
「今後もお付き合いを続けていくために、この部分を見直したいと考えています」
と、現在の事情とこれからの関係を説明する。
過去を否定せず、未来のために変える。
この姿勢なら、
先代との関係を大切にしている取引先にも理解してもらいやすくなるのではないでしょうか。
事業承継は『関係を切り替える』のではなく『重ねていく』
事業承継という言葉から、
「先代から後継者へ」
と一本の線が切り替わるイメージを持ちやすいですが、
取引先との関係はもっと曖昧です。
昨日まで先代。今日から二代目。
というように、相手の気持ちまで切り替わるわけではありません。
しばらくは、
“先代との関係の上に、二代目との関係が重なっている期間”
がある。
私はそう考えた方が自然だと思います。
その間に二代目は、
先代から引き継いだ信用を大切にしながら、
自分の判断を伝え、
自分なりの提案をし、
問題が起きれば対応し、
少しずつ自分自身の信用を積み上げていく。
やがて取引先にとって、
「先代の後継者だから取引している」
から、
「この人とも取引を続けたい」
へ変わっていく。
そこまでには時間がかかって当然なのだと思います。
私は”極力ゼロ回答をしない”ことを営業活動で心がけています。
以前まであった
『上手く立ち回らなければ』
というプレッシャーからそうなったのも一部ありますが、
“このお客様が望まれていること、お困りのことは何だろう”
と思いを巡らせることが性にあっているとある時期に気づいたこともあります。
なので情報収集を日々心がけているのですが、
その姿勢を評価頂けたのか、
いつの間にか“私への問い合わせ”が増えていった実感があります。
先代との関係を守りながら、自分の信用を積み重ねればいい
先代との付き合いを求める取引先に対して、
二代目が先代と同じ人間になる必要はありません。
しかし、
「もう自分の代だから」
と先代との関係を切り離す必要もないと思います。
先代が何を大切にしていたのか。
取引先は何に安心していたのか。
なぜその条件で取引していたのか。
まずそれを理解する。
そのうえで、
残すものは残す。
変える必要があるものは説明する。
自分にできることは自分なりに積み重ねる。
先代の信用を受け継ぐことと、
自分の信用を作ることは両立できます。
むしろ事業承継とは、
その二つがしばらく重なりながら、
少しずつ比重が変わっていく過程なのかもしれません。
取引先が先代の話をするたびに、
「まだ自分は認められていない」
と考える必要もない。
その会社には、それだけ長い歴史があるということでもあります。
先代が積み重ねてきたものを尊重しながら、
自分もまた一つずつ積み重ねていく。
そしていつか、
「先代の後継者」ではなく、
「この人とこれからも商売をしたい」
と思ってもらえる関係になればいい。
私は、それくらい長い時間軸で考えてもいいのではないかと思っています。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
事業承継のストレスは、
能力や性格の問題ではなく、
構造によって生まれるものです。
もし今しんどさを感じているのであれば、
それはあなたの問題ではなく、
環境によるものかもしれません。
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